アンダスタンド・メイビー/島本 理生

2011年11月6日
アンダスタンド・メイビー

アンダスタンド・メイビー

 今から十数年前、21世紀に差しかかったあたり、東京都心から約50キロ、田園風景と研究施設が混在する筑波で母親とマンションに2人で住んでいる少女「藤枝黒江」、彼女の中学3年の春から物語は始まる。

  東京からの転校生「酒井彌生」に興味を抱いたり、憧れの写真家にファンレターを出したり、黒江は高校受験を控えたどこにでもいるような女子中学生だったが、母親との関係が希薄なこともあり、どこか精神的に不安定な部分がある。

  高校に進学したものの、異性関係をめぐるトラブルに巻き込まれたり、幼児期における曖昧な記憶に悩まされたりするうちに、母親に対しても不信感を抱き、高校を退学して件の写真家を頼りに上京するのだが…。

  上下2巻、とにかく無駄に助走が長い。初めてこの作家の作品を手にしたと思うが、この分量が表現に必要だったというより、作者の書きたかったこと、思いの丈を書き連ねたような、日記でも読まされているような気分になった。もっと贅肉をそぎ落とせないことはないと思う。

  主人公の中学生時代から始っているせいなのか、内容もひどく稚拙な印象だ。主人公が過去に負ったのであろう心の傷をはじめ、あちこちに伏線が敷いてはあるものの、あまりにも思わせぶりすぎ。上巻の前半を読む限り、脆弱で骨粗しょう症のような作品だと思った。

  それでも、主人公の痛々しさ、健気さというのはよく描けているような気がする。家庭環境、親子関係が思春期の子どもに与える影響についても考えさせられる。

  ふとした弾み、小さなつまずきで、大きく人生を狂わせていく、流されていく、巻き込まれていく、そんな10代の危うさが伝わってきて、読みながら漠然とした不安感、ある種の恐怖心を煽られる。

  既に下巻を読み始めているが、上巻終盤から、この若い主人公が、どんなふうに落とし前をつけていくのか少し楽しみになってきた。

癌だましい/山内 令南

2011年11月5日
癌だましい

癌だましい

 物心ついたときから彼女にとって「生きること」=「食べること」。祖母によって育まれた味覚のせいで、異様なまでに「食」に対する執着心が強い。家族は近年、両親も兄も「癌」によって立て続けに亡くして、荒廃した家に一人住む。

  介護施設が主人公の職場だが、ここも彼女にとっては「糧」を得るための手段の場。入所者に対しても何ら感情を抱かず、ただ、ルーティンワークとして「食べもの」を淡々と与える。周囲からは異端視され、職場の「癌」だと蔑み疎まれているが意に介している様子もない。

  そんな主人公が、唐突に末期の「食道癌」を宣告され、唯一の「生き甲斐」でもある「食の領域」が侵食されていくわけだが、医療を拒否し、独りで死に突き進んでいくわけだが、それでも「食」に対する執着心が断ち切れない。

  作者自身が食道癌で処女作出版を待たず逝去したとあるが、かなりデフォルメされたキャラクターは、完全に作者の私生活から離れて見事に独立している。

  「生きること」=「食べること」。すなわち、生きることへの凄まじい執着の物語とも受け止められる。

  表題作の「癌だましい」は文芸誌新人賞受賞作だが、受賞後第1作である「癌ふるい」は、主人公の名前こそ違うが、同じ素材で調理法を変えたといったところか。

  末期食道癌の主人公が、近況報告として自分に縁のあった人たち100人に同文のメールを送信するわけだが、その30通弱の返信メールの内容を作中で紹介し採点している。

  なるほどと頷いたり、こんなもんだろうと共感したり、他者のブログでも読むような手軽さや面白さは感じるのだけれど、残念ながら小説としては成立していない。

  作者自身が気力を振り絞って書いたのだろうと推察できるが、残された時間が足りなかった。創作という行為が、いかに体力と気力を必要とするものか痛感させられる。

  確かに経験があって完成した作品だと思うが、作者の境遇を知らず読んだとしても、充分に近年の芥川賞候補作レベルには達していると感じさせる作品だと思う。

素敵な本があったら教えてください。

2011年10月25日

私のホームページをご覧になっていただき、ありがとうございます。
もし私に「これがおすすめ」という本があったらぜひ教えてください★